なっちゃんとかくれんぼ



2017年1月15日の日曜日、この冬一番の大寒波到来により全国的に雪となりました。
外を見ると地面は薄っすら雪化粧、上空には小雪が舞っています。
今、わたしは時間の流れがいつもより遅いと感じています。
静かにゆっくり落ちてくる雪のせいではありません。
昨日、愛犬の夏子が約14年と4か月の犬生を終え、一人と2匹?で共有した時の流れが止まったことが、わたしの思考や時間感覚に影響を与えています。
物の見え方も、いつもと少し違います。
エッジの効いた静止画像をコマ送りに見ているような妙な感覚です。
(恐らくいつも視界のどこかにいた夏子がいなくなったことと、涙を消費しすぎたせい)
夏子は、今もわたし(パパ)と妻(ママ)の側にいます。
今日中には自宅敷地内に埋葬する予定ですが、まだ決心がつきません。
数日前から心の準備はしていましたが、現実を受け入れることは容易ではありません。
ほんの数日前まで、カチカチ足音を立てながらわたしの後を付いて回っていたのに・・・。
日常から次第に消えていく夏子の生活感、悲しみは深まるばかりです。
そして今思い浮かぶのは、楽しかった14年間の思い出よりも、夏子が苦しみながらも生きようと必死でがんばったこの数日間と、その最後に訪れた一瞬の出来事です。
パパとママは埋葬する前に、楽しかった夏子との14年をアルバムで振り返ることにしました。

なっちゃんの誕生と成長


主犬公の夏子は、ビーグルという犬種の女の子です。
とても美人(犬)です。

夏子は、2002年8月24日、今日とは真逆の暑い夏に生まれました。
お察しのように夏に生まれたので夏子で、なっちゃん、単純ですが、ひまわりのように明るく元気に育ってほしいとの思いでパパが名付けました。
もちろんママも大賛成、「なっちゃん、この子にぴったりなお名前ね」
しかしこの後ママは、明るく過激に元気ななっちゃんにかなり手こずることになるのです。普段はお仕事で家にいないパパに代わってなっちゃんの世話をするのはママ。
とにかく元気でやんちゃななっちゃん、

サークルの壁をよじ登って大脱走、
うんちは踏み固めてペッタンコ、
人の指や電気コードは噛み噛み、とやりたい放題。
強く𠮟ると逆切れ状態。
「なっちゃん、わたしの言うことちっとも聞かないの」、ママは育児ノイローゼみたい。
そんな苦労をよそに帰宅したパパはなっちゃんと遊んでばかり。
ますますなっちゃんは調子に乗ってヒートアップ。
実は、飼育放棄されたワンちゃん(成犬ビーグル女の子)と10年暮らしたわたしたちも、元気ハツラツな子犬は初めての経験、いろいろ本を読んで勉強しましたが・・・その通り上手くはいかないものです。

でも、愛情と栄養はたっぷり注いで1年、
相変わらず頑固な一面はあったものの、いつしかいたずらも収まり、
ひまわりのように皆から愛されるなっちゃんに成長していました。

なっちゃんてどんな子?


更に2年、3年と共に生活しているうちに、ただ愛情を受けるだけではなく、人を観察してその言葉や感情を理解できる子に成長し驚かされました。共に暮らした猫たちにも優しく接し、自分のおやつを取られても怒ったりしません。穏やかな性格は、顔によく現れています。
ただ興味の対象範囲は狭く、家族に執着するところがありました。
そして好き嫌いもはっきりしていました。

まずは嫌いなものから
ドックラン
家では大胆で縦横無尽なくせに、外ではおとなしいなっちゃん。
ドッグランに連れて行くと、“近寄るな”的オーラを出しながら逃げ回ります。

     自分を犬だとは思っていないのか?

グレーチング
大抵のワンちゃんは嫌いです。

水辺(風呂含む)
ビーグルは基本的に水が苦手。
でもお風呂好きだったなっちゃん、川で溺れかけるまでは。

この時溺れかけトラウマに、ごめんね。

お留守番
ビーグルは“寂しがりや”です。
なっちゃんも一人でいると本当につまらなさそうにしています。
いつ帰ってくるのか、そればかり気にしています。

動物病院

普通のお出かけは大好きなのに、「病院行こうか」には消極的。
毎回、病院の入り口で立ち往生します。
注射を打たれるときの悲壮な顔、忘れられません。

もちろん、大好きなものもいっぱい
食べ物、飲み物
ビーグルは食べること大好き、なっちゃんも食いしん坊です。
「○○食べる人(犬ですが)」と声をかけると、「ワン、ワン」と返事します。
サークルから出ると、まず向かうのは台所です。

好きな飲み物は、牛乳(犬用)。生涯で何リットルの牛乳を飲んだだろうか?

ドライブ(お出かけ)
安全のためクレートの中に入ってもらいますが、クレートを進行方向に対して横向きに置かないと怒ります。

でも自分の居場所は、助手席だと思っています。
最後の時期は、なっちゃんの希望をかなえました。とても満足そうでした。

青い毛布
初代は相当のお気に入りで、自分で引っ張り出しては敷いていました。それも一昨年ついに引退。

二代目には初代ほどの執着はなかったようです。
でも最期この毛布の上で息を引き取ることになりました。
(下の写真は、お気に入りの場所で寝ている様子)

ぬいぐるみ遊び
100均のぬいぐるみをパパと取り合いする遊び。
なっちゃんに奪われたぬいぐるみは、目を引きちぎられ、首をもがれボロボロにされます。
カエルちゃん、恐竜ちゃん、イルカちゃんなどたくさんの子が犠牲に。

2歳ごろから興味が物から人に移っていき、おもちゃにも関心を示さなくなりました。
おかげで殉職を免れた冬子。

そして、かくれんぼ。

かくれんぼ


いつしか始まったなっちゃんとパパの遊び。
ルールは単純、すきを見てパパが隠れなっちゃんが探す、結果は大抵なっちゃんの勝ち。
そりゃそうです、ビーグルの嗅覚は犬の中でも最高クラス、麻薬探知犬なんかにも抜擢されます。
でもなっちゃんは最初から鼻は使いません。先ずは,先回パパが隠れたところを覚えていてそこを探します。ダメならそれ以前の隠れ場所をチェックして回り、それでも見つからなければ伝家の宝刀“鼻”を使ってパパを探します。
見つけるまで決して諦めません。ただ、すんなり見つけられないとイライラを募らせ、パパ発見時にそれをぶちまけます。
パパは見つかるとすぐになっちゃんを褒めてあげます。
その時のなっちゃんの喜びようと、誇らしげな様子が今でも目に浮かびます。
この遊びがきっかけ?で、なっちゃんのパパに対する監視が強化され、トイレやお風呂にも付いて回るようになります。
もはや2人と1匹ではなく、3人もしくは3匹の関係でした。
でもママは1人(ママ)と2匹(パパと夏子)だと言います。

老いていくなっちゃん


この1:2の共同生活が11年目を迎えた頃(2013年秋)、
後ろ足の異常をきっかけになっちゃんの病気が見つかります。
これまでも先天的な内臓の異常をかかえ定期的に検査してきましたが、
病気が表面化するのは初めてだったのでショックでした。
幸いお薬の効果により病状が改善しホッとしたものの、なっちゃんの老いは徐々に表れていました。
耳をなびかせ走る機会は減り、ゆっくりトボトボ歩いてついてきます。
“おやつ食べる人!”の呼びかけも耳元で大きな声で言ってあげないと反応できません。
更に老化の影響は、あのかくれんぼにも。
視力が衰えパパの側まで来ても気付かずに通り過ぎてしまうことも。
聴力も低下し、パパが見つかりやすいように音を立てても気付きません。ただ嗅覚の衰えはなかったので最後はやっぱりなっちゃんの勝ちでした。
でもママは、なっちゃんにかくれんぼを楽しむ余裕はもうない、むしろ不安でしかないことに気付き、「かくれんぼやめた方がいいよ」、とパパにアドバイスしました。
確かになっちゃんは、一人ぼっちになるとよく吠えるようになりました。
犬もよく見えない、よく聞こえないと人間同様に心細いようで、
一緒にいても自分の側にいつもパパがいるかどうか確認を怠りませんでした。
パパも「大丈夫、ここにいるよ」、とこまめに声掛けしたり、
部屋を移るときも、なっちゃんが気付くように触れたり声をかけました。
お出かけもなっちゃんが同行できないときは、
できる限りパパとママのどちらかが(ほとんどパパ)残りました。
楽しかったドライブの機会も減っていきました。
でもママは言います。
「なっちゃんはとっても嬉しそう、パパを独占出来るから」
更に、
「パパもなっちゃんに依存しているから、共依存だね」
これ前にも言われたような、1人と2匹。
このころからパパママはなっちゃんを”夏子さん“と呼ぶようになります。夏子さんはいつの間にかわたしたちの年齢を追い抜いて年長者になっていたからです。

最後になった誕生日


更に年月が流れ、2016年夏、夏子さんの14回目の誕生日を迎えます。
この時点で、3年前に薬で抑えた病気も再発すると共に、内臓疾患も進行し始めた夏子さん。体は徐々に弱っていきました。
今年はがんばれても、来年は・・・と獣医さん。
夏子さんの体の動きや外見に、かつてのハツラツ”なっちゃん”の面影はもうありません。
人間でいえば70代ですから無理もありませんが、ここ一年の急速な衰えは本当にショックでした。
特に秋ごろから、あの食べること大好き“なっちゃん”が徐々に食欲を失い、何とか食べられるようにと色々試したものの、食べる量も種類も減っていきました。
大好きな牛乳でさえ残すようになりました。最後まで食べてくれたのはササミ系のおやつでした。
ビーグル犬は食欲旺盛で死ぬ直前まで食べるといいますし、確かに先代わんこもそうでした。ので、以前からパパママは、なっちゃんの食欲がある間は治療を続けよう、でも食べる楽しみを失ったときはそれ以上の延命はしないと決めていました。

最後のかくれんぼ


そして迎えた最後になるであろうクリスマスと、2017年お正月。

夏子さんの体調を考え帰省をキャンセル、一人と2匹水入らずの年末年始を過ごしました。
「そうだ、久しぶりにかくれんぼしようよ、なっちゃん」。
わざと見つかりやすい場所に隠れた(夏子さんに見えるように)パパ。
それを見付けるかつてのなっちゃん、とっても嬉しそう、得意げにおやつのある場所にパパを導きます。でも夏子さんの足はもつれ転倒、おやつもちょっとしか食べられません。
これが生前のなっちゃんとパパの最後のかくれんぼになりました。
そして2匹の共存関係そのものの終わりも近づいていました。

別れをさとった?夏子さんとパパ


1月10日の真夜中、夏子さんは、パパの布団に入ってきました、ほぼ2年ぶりのことです。
病気になって急に暑がりになった夏子さんは、いつも冷たい床で直に眠るようになり
大好きだった青い毛布も滅多に使いません。
昔を思い出したパパはとても嬉しく思うと同時に、なぜか寂しさを感じました。
次に目覚めた時には、いつものように冷たい床で眠っていました。

11日の真夜中、
側(床)で寝ていた夏子さんがトイレではなくホットカーペットでおしっこし始め、寝ぼけ眼のパパは思わず夏子さんをきつい口調で叱ってしまいました。
その時の驚いた夏子さんの顔を見て、パパはすぐに後悔し誤りました。
そしてこの日も夏子さんは、パパの布団で少しの時間だけ眠りました。
パパは前日感じたあの寂しさをより強く抱き、夏子さんとのお別れが近いことを悟り一人涙しました。
後で思ったことですが、夏子さんも、自分の死期が近いことを本能的に悟っていたのではないでしょうか。
犬は本能的に賢いだけでなく、忠実であり、人が思う以上に感情豊かです。自分に残された時間、少しでもパパの側にいてあげよう思ったのかもしれません。

12日の真夜中、よろめきながら水飲み場に水を飲みに行った後、
その足でトイレに向かった夏子さんでしたが、上手におしっこをトイレ内に収めることができませんでした。
抜悪そうにする夏子さんにたいして、パパは「よく頑張ったね」と声をかけ褒めました。思うように動かない体でありながら、努力する夏子さんを愛おしく思ったからですが、加えて、昨晩の自分の態度を今でも恥じていたからです。
この日、夏子さんがパパの布団で寝ることはありませんでした。
夜が明けてしばらくはくつろいだ様子でしたが、午前10時ごろ?ついにけいれん発作が起こり、間隔を少し開けて4,5回繰り返しました。先代わんこが最後に経験したのと同じ発作でした。
午後になって落ち着いた夏子さんでしたが、ご飯やおやつを食べる事は出来ませんでした。
夕方以降は寝たきりとなりました。
おむつも用意していましたが、大好きだった青い毛布の上に3枚連結のトイレシートを敷き夏子さんを寝かせました。

最後の最後まであきらめなかった・・・


日付も変わった13日真夜中にも数回発作を起こし、側で手(前足)を握って見守りました。
朝方には発作も収まり午前中は、自分から水が飲みたい、おしっこしたいという意思を示したので、旅行で使用していたリュックを介助ハーネス代わりにして水飲みとトイレを済ませました。
その後もなんだか落ち着かない様子を見て、「ちょっと寒いけど散歩にいこう」と、2匹で出かけることにしました。
強く冷たい北西の風が吹いていましたが、あまり風の当たらない場所を選んで夏子さんを抱いたまま歩きました。
夏子さんは、吹き付ける風に目をしょぼつかせながら揺れる木々を見上げていました。
「夏子さん、明日は雪かな?」
元気に雪の中を走りまわった頃を思い出しながら話しかけました。
散歩の帰り道、パパは夏子さんに本音を打ち明けました。
「夏子さんと、もっと一緒にいたかったね」
「でも、もう良いんだよ、楽になっても」
午後は比較的穏やかに過ごせましたが、午後6時ごろからまた発作が起こりました。何度も苦しい発作を繰り返すのに夏子さんはあきらめようとはしません。
もう意識はありませんが、苦しい発作から持ち直しまた発作で苦しむ、を繰り返します。
「もういいよ、十分だよ」、ママが繰り返し声をかけます。

やがて日付が変わり14日、午前1時から2時までの約1時間は発作も収まり少しほっとしました。
2時を過ぎると再び発作が夏子さんを苦しめます。夏子さんの手を両手で包み込んで見守ります。口元のよだれを拭いたり、水分を補給したり、楽な体勢になるよう位置をかえます。
夏子さんには本当につらく長い時間でした。発作の合間には、とにかく耳元で話しかけました。
「おやつ食べる人」
「パパもママもここにいるよ」
わずかでも意識があるのなら、パパママが側にいることを感じてほしいと。
でも昨日の夕方以降、どんなに呼びかけても反応はありません。
吠えることさえありません。
夜が明けても、夏子さんはあきらめませんでした。発作を抑える手立てはないものか、病院に相談しましたが無駄でした。

間もなく午前11時となる頃、
夏子さんの発作が緩やかになりつつあることに気付きました。
呼吸も穏やかになってきました。
この時二人は、夏子さんとの別れの時が訪れたことを悟りました。
このまま最期を迎えると思ったその時、発作による緊張が解け、ふと夏子さんの顔の表情が穏やかになりました。
とっさにパパママが、「なっちゃん!」と声をかけると、
夏子さんは反応し、かすれた小さな声で、
「わーん」、
「わーん」、
「わーん」、
「わーん」と、パパに向かって何かを訴えました。
パパは、
「分かったよ、分かったよ」と、答えました。
そして夏子さんは穏やかな表情のまま静かに息を引き取りました。


パパは夏子さんに「分かったよ」と答えましたが、実は何を伝えようとしているのか分かりませんでした、考える余裕すらありませんでした。
ただただ、夏子さんの側にはいつもパパがいることを伝えたかったのです。
夏子さんは、わたしに何を伝えたかったのだろう?
ママが思うのは、「どこおったんパパ、絶対逃げたらあかんよっ」(ママ曰くなっちゃんは関西弁)
夏子さんは最後までパパを探し、パパを見付けて絶対逃がしはしないと。
パパは、あの“かくれんぼ”の再現だったのでは?
意識を失いパパを見失った夏子さんは、最後にわたしを見付け、安心して息を引き取ったと。
なかなか見つからないパパに、多少文句を言っていたかもしれませんが、決して一人寂しい気持ちではなく、パパを見付けた時のあの喜びのうちに最期を迎えたと、是非そうあって欲しいとわたしは思っています。
夏子さん、本当はなんて言ったの?
こうしてパパとママは、たくさんのなっちゃんの写真を見ながら
14年間の思い出や気持ちを少しずつ整理しました。

そして二人でなっちゃんを埋葬しました。
なっちゃんが寝たきりになる直前に取った1人と2匹の写真と共に。

 

実は、なっちゃんとパパのかくれんぼはまだ終わっていません。いまも続いています。
ただし、今度はパパがなっちゃんを探す番です。
この場所で、あの場所で夏子さんが残してくれた思い出や生きた証を探しています。
このかくれんぼがいつまで続くのか、今はパパにもわかりません。
いつか探すのを辞めるとき、その時パパは、1匹から1人に戻るのかもしれません。