昭和の原付バイクー初代ママ”原チャリ”

昭和50年代になると、ママたちの足が自転車(チャリンコ)から原動機付自転車(原チャリ)へと移り、やがて訪れる原付全盛期の幕開けとなります。

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ファミリーバイク御三家


前回も触れた“ファミリーバイク”というカテゴリー。それまでのビジネスバイク(スーパーカブやメイト)をファミリー向けにアレンジしたバイク。故にビジネスバイク同様、原付(50㏄)のみならず、70㏄など小型バイクに位置する機種も存在しました。
仕様や性能もビジネスバイクを受け継ぎ、変速機やフットブレーキが付いており、丈夫な造りでした。その分、今のスクーターのような手軽さはなかったかもしれませんが、外観はファミリー、特に女性に親しまれるデザインに大きく変わりました。
初代ママ原チャリは、
スズキ・ランディー(現在スズキは、同名の自動車を販売しています)
ホンダ・シャリー
ヤマハ・チャピィ(長らくチャッピーと思っていたのですが、正確にはチャピィでした)

スズキ・ランディー


実は、一番思い入れのあるバイクです。
理由は、自分の母親が乗っていたから。母親が初めて原付免許を取得し、乗り始めた最初のバイクでした、色はイラストと同じグリーン。

中学生だった自分は乗ったことはありませんが、狭い自宅の駐車場から自分の自転車を出すたびに、重いランディーを“よっこらしょ”と移動させたものです。
母親が何の問題なく乗っていたところをみると、バランスのとれた良いバイクであったことがうかがえます。スクーターに乗り換えた途端、事故してましたから・・・。

 

ホンダ・シャリー


同級生のM子の母上殿が乗られていた、白のシャリー。
母上殿は運転が上手、乗り方も上品でした。

一方、M子が免許を取って母上殿のシャリーに乗り始めたものの、
チェンジ(変速機)がうまく扱えず急発進、目の前を暴走していきました。
結局、M子はチェンジが下手で、シャリーを乗りこなすことは出来ず、ぎこちない運転のままでした。彼女は後に登場するスクーター(オートマ車)に救われます。
不思議なことにM子は、自動車のチェンジ(ミッション)はとても上手でした。

 

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ヤマハ・チャピィ


同級生のN君の母上殿が乗り始めた、グリーンのチャピィ。
免許取り立てで、運転がまだ不安とのこと。
特にカーブが苦手、極端にスピードを落とさないと曲がれないらしい。

その話を聞いた2年先輩のT君がアドバイス、
「アクセルを完全にオフにすると、タイヤと地面のグリップが失われて不安定なる。
なので、アクセルを吹かし駆動力を保ったままカーブを曲がると安定する」
と。

N君の母上は、「なるほど!」
数日後、N君とT君が何やらもめている。話を聞くと、T君のアドバイスを実行したN君の母上殿が、下りの右カーブを曲がり切れず激突転倒!
骨折など大怪我ではないものの、全身キズだらけでしばらく病院通いとのこと。

「T君が余計なアドバイスをするからだ」とN君。
T君はバイク好きで、400ccまで乗れる免許を持っている。
確かにサーキット走行では正しい理論なのかもしれないが、小石や砂だらけの一般道でアクセルONのまま曲がるのは初心者には無理な話。

やがて傷も癒えたN君の母上殿、慎重でかなり抑え目な運転速度は維持しながらも、それなりに上達していかれました。

 

スクーターへのつなぎ役


ファミリーバイクが世間に認知されバイクに乗る女性が一気に増加しましたが、すぐにその座はスクーターに奪われてしまいます。
とは言え、今でもシャリーやチャピィは根強い人気があり、カスタムされ乗り継がれています(もちろん、いずれの車種も生産は終了しています)

現在、一世風靡したスクーターが存続の危機を迎えています。
原付が売れなくなった理由の一つが、
電動アシスト付き自転車の普及のようです。

昭和の時代にママチャリからママを奪い取った原チャリの先駆けファミリーバイク。
その後、昭和の終わりと共に原チャリの勢いも衰え、平成の時代に電付チャリに再びママを奪われることに。

原チャリが消えることはないと思いますが、最終的には元のビジネスバイクに集約されてしまうかもしれません。
長きに渡り愛されるファミリーバイク誕生はもう期待できないのか・・・。

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