嫁の前でこんなことを言ったら痛い目に合うでしょうね。
これは職人の間の「口ぐせ」というか「不文律」というか、要は「砥石は他人に貸すものではない」と言いたいだけなのです。
職人の道具には刃物類が多く、その性能を発揮するためには「上手に研ぐ」技術が必要。
そのための砥石は重要なアイテムです。
でも、嫁より大事な“砥石”って何なんでしょう?
目次
どこにでもある普通の砥石
仕上げ用の天然砥石はちょっと高いが、それでも2千円ほど。
特別価値あるものではありません(非常に高価な砥石もありますが)
なぜ、砥石を他人に貸してはならないのか?
砥石と自分の刃物との相性が悪くなるからです。
人それぞれ刃物の使い方が微妙に異なるように、研ぎ方にも個々の癖があります。
刃に当てる角度や方向、強さなどが違うと、砥石の減り方に個人差が生まれます。上手に刃を研ぐ人ほど、均一に砥石が減っていきます。
他人の砥石を使うと、肝心の刃先に砥石が当たらず上手に研げません。そのうち砥石は減って刃先に当たるようになりますが、当然持ち主の刃物との相性は悪くなります。
そんな程度のことで、「嫁を貸しても・・・」とは大げさな!
と思われますか?
例えば、林業ではほぼすべての仕事で刃物を使用します。
代表的なものをイラストに示しました。
彼女は、森 ユキさんです(森林関係ですし、森さんときたらユキですよね)
一昔前までは、これらが主な道具でした(オノはヨキとも言う)
現在では、チェーンソーや刈払い機、プロセッサのブレードなど、機械系の刃物が主流です。
そのすべてを“よく切れる”状態にしておかないと、仕事の能率が下がるだけでなく、事故や怪我の原因にもなります。
斧(オノ)
チェーンソーが登場するまでは、大木も斧一本で伐倒していました。
斧の切れ味は、刃を上に向け、そこに落とした「テッシュ」がスパッと切れる(先輩談)ほど鋭利。多少、誇張されている気もしますが、刀のような切れ味を出さなければ、木は伐れなかったと。
この時代、「砥石、貸して」など言おうものなら、ぶん殴られたに違いない!
日本の斧と海外の斧(アックス)では、用途が違う。
日本は、切る(伐る)
海外は、叩き割る。
現在、日本でも斧は「伐る」から「叩く」道具に変化。
クサビを打ち込む際に使用します。なので、鋼の入っていない鈍ら刃で十分。研ぐこともなくなりました。
クサビの打ち込みは、ハンマーでもよいが、鈍ら刃とは言え刃がついている方が何かと便利。
鉈(ナタ)
今でも山仕事には欠かせない道具の一つ。
斧を侍の本差しとすれば、鉈は脇差みたいなもの(余計に分かりにくいか?)
手が空いた時にこまめに研いでおくと、いつでも鋭い切れ味を保てます。
よく切れる鉈は、枝を落とすときの“音”が「キン、キン」
切れが悪い鉈は「ガキン、ガキン」、「ガ」の音が入る。
鉈を振り下ろす方向に自分の体を置かないのが基本ですが、切れない鉈は対象物にはじかれ方向が変化して自分を傷つけることがあります。切れない刃物は逆に危険です。
昔は、親方が抜き打ちで鉈を点検。手入れが悪いとたいそう叱られたと、聞きました。
鉈を見れば、その人の仕事具合を計り知ることができる、かな?
鎌(カマ)
森林組合系では、極端に出番が少なくなりました、10年ほど前から植林地の下刈りが機械刈りに変わったから。
夏の炎天下で、熱中症の危険にさらされながらの下刈り作業。体力の消耗を押さえるためにも鎌の切れ味は重要。1時間に一度は砥石で研ぎながらの作業となります。
林業は作業環境が厳しいので、道具の良し悪しが能率だけでなく、ケガや事故に直結することが多々あるのです。
鋸(ノコ)
鋸は「研ぎ」ではなく「目立て」になります。道具も砥石ではなく「ヤスリ」を使います。
加えて、“あさり”を付ける作業も必要です。
現在は、目立て不要の替え刃式が主流。
個人的に好きな「Silky」製、丈夫で切れ味長持ち。
「ナタノコ60」と「ゴム太郎」、すでに新型に代替わりしている。
砥石からヤスリ系へ
刃物の変化に伴い、研ぐ道具も変わりました。
砥石を使うのは、鉈を研ぐ時ぐらい。砥石も消耗しなくなった。
チェンソーの目立てには、丸ヤスリと平ヤスリを使用。
刈払い機(チップソー)や重機のブレードにはグラインダーを使います。
チップソーの目立ては、はダイヤモンドディスクで。
もう誰も、「嫁を貸しても、ヤスリは貸すな」とは言いません。
ヤスリは砥石とは違い、個人の癖によってすぐどうなるものではないので。
しかし、ヤスリも消耗品。ヤスリの状態を見極め早めに交換しないと、良い目立てができません。
ちょっと脱線、「嫁は貸しても、なっちゃんは貸すな」
初代ビーグルのももは、誰でもOK。人気者で、一晩「貸して」とお願いされることも。
本人(犬)も喜んでついて行く、振り返りもしないで(飼い主としては複雑)
不幸な生い立ちのせいか、特定の人に執着(依存)することのない子でした。
なっちゃんはと言うと、正反対の性格。
わたし一人に執着し、老犬になるにつれその度合いがエスカレートしていきました。
他人に「貸す」どころか、「預ける」こともできない・・・、困った子でした。
それほどの執着があったので、二人の遊び“かくれんぼ”が成立したのかもしれません。
そして、最期の別れに際し、苦しみながらも「ワン、ワン、ワン、ワン」と、何かをわたしに言い残して去っていきました。
はいはい、そうでした。
話を元に戻して、
林業は、刃物を扱う機会が多いゆえ危険な職業ですが、それ以外にも危険要素がいっぱい。
その話はまた次回に。