世代で異なる超電導リニアのイメージ

地面から磁力で浮上し、時速500Kmで走行する次世代「夢の超特急」、リニア中央新幹線。
いよいよ建設が始まり、現実味を帯びてきました。
ところで、超電導リニアと聞くと、みなさんはどんなイメージを持たれていますか?

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リニアの歴史


1987年4月1日にJR各社が発足して、今年で30周年。

JR東海30周年を記念し、リニア・鉄道館では特製しおりが配られました。
しおりには、超電導リニア(MLX01-1)が描かれています。
しかし、超電導リニアの歴史は、JR発足前の国鉄時代にまでさかのぼります。

開発が始まったのは昭和37年ですが、リニアモーターカーが広く一般に知られたのは、昭和45年の大阪万博でした。

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50代~


大阪万博の日本館に展示されていた超電導リニアの模型。

今でもこの模型、保存されているようです。是非、見てみたい。
更に、子供の頃に見たテレビアニメ「ゼロテスター」(昭和48年~49年)
この中で登場するテスター1号の先頭(マーク1)を、リニア先頭車両のイメージと重ね合わせていた。
しかしながら現実は、ML-100が人を乗せて時速60Km走行に成功!(昭和47年)
意外と地味な速度と外観だった(リニア・鉄道館 展示模型)

因みに、“ML”は、英語の“magnetic levitation”(磁気浮上)のことであり、省略して“マグレブ”と呼びます。

ところが、次に目にしたのは、昭和52年に走行開始の無人機ML-500

後方にウイングを装備したバージョンもあり、ゼロテスターのイメージとは異なるものの、「カッコいい」と思える姿でした。
そのスピードは、当時の世界最高速度、時速517Kmを記録!
当時の子供たちには、超電導リニア=ML-500という印象が刷り込まれたのです。

その後ML-500は、実用化のための改良により、外観が全く変わってしまいました。
それが、ML-500R

イメチェンならぬ、地味チェン!

ML-500は引退後、長らく大阪市港区の交通科学博物館に展示されていましたが、交通科学博物館の閉館にともない、現在は国分寺市にある鉄道総合技術研究所に移されたそうです。

 

40代


これまで逆T字形ガイドウェイにまたがる格好で走行していたML-500に対して、U字形ガイドウェイに変更されたMLU-100(昭和55年走行開始)

多くの人を乗せる客室空間が生まれ、鉄道らしい形に変化。
昭和62年に有人走行で時速405Kmを記録。

その後のMLU-200

MLU-200Nと続きます。

特にMLU-200は、平成3年に起きた車両火災で焼失してしまったので、悲劇のリニアとして印象に残っているかもしれませんね。
この車両は、国鉄時代最後のリニアでもありました。
この頃のリニアは、鉄道としての実用性が向上した分“派手さ”は薄れていたかも。

 

20~30代


平成9年に走行試験が宮崎実験線から山梨実験線に移り、新たに製造された車両がMLX01。この車両が、先輩ML-500が持つ最高速度記録を上回ることに。
先頭車両は、空気抵抗の検証のため3つのタイプが存在。
未来の乗り物らしい外観イメージが復活しました。

ダブルカスプ型

エアロウエッジ型

ロングノーズ型

愛知万博の際にJR東海・超電導リニア館で展示されたのは、ダブルカスプ型のMLX01-1。
東海地方では、万博のマスコットキャラクター“モリゾーとキッコロ”と並ぶ人気者だったのです。
万博が閉幕すると、モリゾーとキッコロは、別れを悲しむ子供たちに見送られ山へと帰っていきましたが、MLX01-1はリニア・鉄道館で展示されることに。
入館すると、いきなりのご対面となります。

超電導電磁石も間近で観察!

エアロウエッジ型先頭車は、山梨県立リニア見学センターに展示されています。

 

10代以下


平成25年、有人走行で世界最高速度、時速603Kmを記録したL0系

今や、超電導リニアと言えばこの形。開発から約半世紀、ついにここまで来た!
ML-100の60Km/hから、603Km/hへ。
山梨実験線では、試験走行の見学に加え「体験乗車」も行われています。
実は、自分も一度申し込みましたが、抽選でハズレ。
せめて試験走行だけでも見てみたいものです。

近い将来完成するであろうリニア中央新幹線。
乗れるかどうかは別として、完成形に至る過程を振り返るだけでも十分楽しめます。

L0系は、間違いなく最高の超電導リニアですが、Myリニアは、

(万博記念公園、EXPO’70パビリオンに保管されているリニアモーターカー)

これ。
みなさんは?


 

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