EXPO’70大阪万博vol.3ーサンヨー館

シンボルゾーンから西へ延びる「西大通り」を進むと、高さ30mのポールに泳ぐ“鯉のぼり”が目に飛び込んできます。
そこが目的のパビリオン、「サンヨー館」です。
今回のタイムスリップ散歩も、パビリオン・ホステスさん・テーマ(展示内容)、そして参加者について、手元の記録や記憶をたどってみたいと思います。

スポンサーリンク

和の雰囲気漂うパビリオン「サンヨー館」



サンヨー館の絵葉書。茅葺屋根のように描かれ、より“和”が強調されている。実際は、トタン屋根。
日本らしい建築様式〈平屋で方形造り〉ですが、木造ではなく鉄骨造りです。
お隣にド派手なパビリオンがあるため、サンヨー館は“大人しい優等生”的な印象を受けます。
しかし、直線的なデザインの大屋根は、そばで見るとかなり迫力があったことでしょう。
一度に収容できる人数は1,050人、パビリオンとしては大きい方です。

(「EXPO’70パビリオン」ペーパークラフト模型より)

建物をとりまく「平和の池」には、平和への願いとして世界から送られた水が注がれていたそうです。
「ケベック州館」側には、幅67m、高さ2.5mの石垣を流れ落ちるもあり、館内ラウンジ“薔薇”では、滝を見ながら喫茶・軽食を楽しめた。

鯉のぼりにも意味があり、鯉のぼりが日本人のこころのふるさとであること、また健康の象徴とされてきたこと、がサンヨー館のテーマと結びついているようです。それについては後ほど。
では、館内へ。

ホステスさん登場!



夏用ユニホームで、お出迎え(右はサンヨー館のリーフレット)

EXPO’70パビリオンで展示されていたユニホーム(レプリカ)がこちら(2017/11 撮影)

こっちは合服ユニホーム(2018/ 1 撮影)

デザインは統一されていますが、生地や作り(半袖ワンピースと長袖ツーピース)は異なっています。

EXPO’70パビリオンでは、定期的に制服展示の入れ替えが行われているようです。特設展示コーナーもテーマが入れ替わりますので、何度訪れても楽しめます。

ただ、リーフレットではこのような記述が、

ホステスではなくコンパニオン?
より認知されるのは80年代以降ですが、大阪万博をきっかけにコンパニオンという職業が一般に知られるようになったと言われています。
ホステスからコンパニオンへ、2005年 愛知万博ではアテンダント。
時代により、表現の仕方は変化するものの重要な役割は同じ、
お・も・て・な・し。
しかし、日本初の万国博覧会、言葉や文化の異なる来場者への接客・案内・説明は、さぞ大変だったことだろう。

スポンサーリンク

サンヨー館のテーマは「日本のこころ」


サブテーマは〈第三の自然による健康の家〉
和風の建物と「日本のこころ」とくれば、館内には畳が敷かれ・・・、わび・さび みたいなイメージ。
ところが、

けっこう派手だ!

さらにインパクトがあったのは、未来の生活環境を展示した「ファミリーコーナー」
鯉のぼりにより象徴された“日本のこころ”“健康”を実現する4台の健康マシーンを展示、実演。


   (絵葉書とリーフレットより)

中でも注目は、人間洗濯機「ウルトラソニック・バス」

カプセルに人が入ると自動でノズルからお湯が吹き出し、湯は超音波で振動しゴム製のボールが体を洗ってくれます。洗い終わると温風により体を乾燥してくれる優れもの。
製作費は、当時の金額で“300万円”

“一家に一台”とはならなかったものの、33年の時を経て介護用として実現したのです。
それ以外のマシーンも、インターネットやAI家電の登場を予感させるものでした。

“健康こそ幸福と繁栄の根本である”という三洋電機創立以来の基本姿勢に基づき、サンヨー館を、健康に最適な理想環境として表現しました(リーフレットより)

古風な建物外観と、近未来的な展示内容とのアンバランスさが印象的な、サンヨー館でした。

サンヨー館を出展したのは、三洋電気グループ


三洋電機を有名にしたのは「ウルトラソニック・バス」だけではありません。

電気自転車

万博会場で緊急連絡や報道用に貸し出された電気自転車。

(EXPO’70パビリオン 2F 展示品)

開発、提供したのは三洋電機。

電動アシストではなく、電動自転車だと思うのですが・・・、よく分かりません。
後の「エネループ・バイク」に、この技術が生かされることになるのでしょう。
改造ママチャリはカッコいい!を証明する貴重な1台。

リモコンテレビ

万博の翌年には、リモコンテレビ「ズバコン」を発売し話題に(50代~しか分からない?)
ダイヤル式チャンネルを超音波リモコンで“ガチャ、ガチャ”と回す、昭和レトロなテレビ。
今でも「チャンネル回して」は昭和の名残!

我が家の最終アナログテレビは、オレンジ色のサンヨーのブラウン管テレビ(C-15A30)だった。2000年のグッドデザイン賞受賞商品。
2011年のアナログ放送終了ギリギリまでお世話になった、思い出深いテレビ。
さらに、サンヨー製の冷蔵庫・掃除機・エネループカイロがいまだ現役。

万博で見せたような斬新なアイデアで、数多くのヒット商品を生み出したサンヨーでしたが、残念ながら経営難により2011年にパナソニックに吸収・合併、国内におけるサンヨーブランドは消滅しました。

サンヨー館があった場所は今


万博終了後の半年間で、パビリオンは解体され未来都市は更地に。
しかし、中には別の地へ移築・転用されたパビリオンもあるそうです。
サンヨー館もそのひとつ
移築先は、カナダ・バンクーバー州、図書館として第二の人生(建生?)を送ったそうです。

1974年、万博跡地を自然公園とすることが決定し、複層林を構成するため地盤をすり鉢状に造成することに。
太陽の塔より西側のエリアは、地形がかなり変わりました。
では、あれから48年、現在の様子は?

自然文化園の案内図にサンヨー館の位置を重ねると、

現在の「けやきの丘」の辺り。
動く歩道があった「西大通り」は残っていませんが、「千里橋」から南北に延びる道が手掛かりになります。


スタンプもゲット!

さようなら!サンヨー


次はどこ行こう


次回は「サントリー館」に行ってみようと思います。
場所は、サンヨー館から歩いて1分ほど、

「サントリー館」に行かれる方は⇒こちら
寄り道して「動く歩道」に行かれる方は⇒こちら
「鉄鋼館」に戻る方は⇒こちら


 

スポンサーリンク